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- └ (十四)
- 附录
- ├ 中国文化传统中之士
- ├ 再论中国文化传统中之士
- ├ 略论朱子学之主要精神
- └ 中国文化演进之三大阶程及其未来之演进
『宋代理学三书随扎』(十)先进篇
- 本章共 1.54 千字
- 最后修改于 2022-07-06
从我于陈蔡者章。
或问:四科之目,朱子曰:“德行者,潜心体道,默契于中,笃志力行,不言而信者也。言语,善为辞令。政事,达于为国治民之事。文学,学于诗书礼乐之文,而能言其意。夫子教人各因其长,以入于道。然其序则必以德行为先,诚以躬行,实造具体。圣人学之所贵,尤在于此。非若三者各为一事之长而已也。”今按:西方学者,各为一事之长,宗教亦不例外。德行一科,似不注意。此为中西人文最要差异之所在。
季路问事鬼神章。
朱子曰:“气则二,理则一。”今按,朱子《大学补传》言:“众物之表里精粗无不到,吾心之全体大用无不明。”朱子言心与物,皆若气,其所到达始是理。依西方哲学术语言,朱子非主唯物一元,亦非主唯心一元,乃可谓主唯理一元。但格物穷理皆凭心,故心物并言,心尤重于物。此乃朱子论学大旨。
又曰:“不可将精神知觉做性字看。”又曰:“性者,理而已矣。乾坤变化,万物受命,虽所禀之在我,然其理则非有我之所得私也。所谓反身而诚,盖谓尽其所得乎己之理,则知天下万物之理初不外此。非谓尽得我此知觉,则众人之知觉皆是此物也。性只是理,不可以聚散言。其聚而生散而死者,气而已矣。所谓精神魂魄,有知有觉者,皆气之所为也。故聚则有,散则无。若理,则初不为聚散而有无也。但有是理,则有是气。苟气聚乎此,则其理亦命乎此耳。不得以水沤比。鬼神便是精神魂魄,程子所谓天地之功用,造化之迹,张子所谓二气之良能,皆非性之谓也。然气已散者,既化而无有矣。其根于理而日生者,则固浩然而无穷也。乾坤造化如大洪炉,人物生生,无少休息,是乃所谓实然之理,不忧其断灭也。今乃以一片大虚寂目之,而反认人物已死之知觉谓实然之理,岂不误哉。”今按:此依理气之辨而言。亦可谓朱子乃指性理一元论。但性与理又有别。精神知觉乃心非性,非有我之所得私。其言与一般理学家分说义理之性与气质之性乃由相同之思路来。而有发先秦孟荀诸家论性所未发,然亦不得谓其与孟荀论性有违。不得以西方哲学为例,以其言有不同,而转肆分别。如此之类,应为治中国思想史者所宜深思而熟玩。
子路曾皙四子言志章。
问:“夫子何以与点。”朱子曰:“方三子之竞言所志,点独鼓瑟,若无所闻。及夫子问之,乃徐舍瑟而对。其志之所存,未尝少出其位,澹然若将终身。此夫子所以与之也。”又曰:“曾皙以乐于今日者对,诸子以期于异日者对,诸子有安排期必,而曾皙无之。”问:“何以言其与天地万物各得其所。”朱子曰:“暮春之日,生物畅茂之时。春服既成,人体和适之候。冠者五六人,童子六七人,长少有序而和。沂上舞雩,鲁国之胜处。既浴而风,又咏而归,乐而得其所也。以所居之位而言,其乐虽若止于一身,以其心而论,则固蔼然天地生物之心,圣人对时育物之事也。又安有物我内外之间哉。”问:“便是尧舜气象。”朱子曰:“万物各遂其性,此句可见尧舜气象。暮春时,物态舒畅如此,曾点情思又如此,尧舜之心亦但欲万物皆如此尔。”或曰:“列子御风之事近之,其说然乎?”朱子曰:“圣贤之心所以异于佛老者,正以无意必固我之累。而所谓天地生物之心,对时育物之事,未始一息停止也。若但曰旷然无所倚着,则亦何以异于虚无寂灭之学乎。”又曰:“曾点意思与庄周相似,但不至跌荡尔。学者当循下学上达之序,庶几不差。若一向先求曾点见解,未有不入于佛老者。”又曰:“曾点意思若能体认分明,令人消得无限利禄鄙吝之心。”今按:上论与天地万物各得其所以及尧舜气象两层,乃朱子发挥程子意。后言曾点意思与庄周相似,则朱子自发意。学者体认得朱子意,则程子语亦无谬。若不明朱子意,仅从程子语参入,则易滋误解。一般理学家有太重视孔子与点一叹者,多为忽略了朱子所言。朱子读《论语》则体会《论语》,读程子书则体会程子,于群书中求其通,又不忽其有异。此可为中国学人读书之榜样。